カンボジア アンコ−ル遺跡
 2015年 11月26日〜30日 
 世界の世界遺産シリ−ズ・・・今回は、雨期が終わり観光シ−ズンを迎えたカンボジアのアンコ−ル遺跡
出国は地元、静岡空港からラクラク出発!(12:30発)。仁川空港で乗り継ぎしてカンボジアの
シェムリアップの空港には23時ごろに到着しました。

シェムリアップは観光都市で、ホテルは 空港近くに集中していて、ここに3連泊します。
ちなみに日本との時差は2時間ほど。 5日間のうち、1日目と5日目は移動のみだから、観光は3日間です。
 
11月27日  アンコ−ル・トム観光    アンコ−ル・ワット観光
    28日  クバル・スピアン   バンテアイ・スレイ  プリア・カ-ン遺跡  プレ・ル−プ遺跡より夕日鑑賞
   29日  ベン・メリア遺跡(東のアンコ−ル)  タ・プロ−ム寺院 トレンサップ湖遊覧  アプサラダンスショ−
 

 11月27日 午前 アンコ−ルトム観光    午後 アンコ−ルワット観光

 
アンコ−ル・トム   南大門
今回もツァ−だから 宿泊先のホテルからアンコ−ル・トムまではマイクロバス(20分ほど)で向かいます。
アンコ−ル・トムはアンコ−ル王朝最後の栄華を誇った都市後で12〜13世紀にかけて
ジャヤヴァルマン7世が創建した総延長12kmにもおよぶ環濠と城壁に囲まれた大いなる都市。
 
アンコ−ル・トム 
 巨大な塔が連立し、それぞれの塔の4面には仏さまのお顔が彫られていて 圧巻です。
 
第一回廊・ 第二回廊の壁画  クメ−ル軍の行進  戦車 
 バイヨンの内部へと入っていくと、周囲はぐるりと回廊に囲まれていて、壁画が彫られています。
当時の生活や文化が偲ばれます。
 
バイヨン 
 
バイヨンは遺跡の中央に位置する複雑な建築様式を備えた仏教寺院。
アンコ−ル・トムは大乗仏教の影響は色濃い。 
 
4面仏を至近距離で見ると圧巻! 観世音菩薩のさまざまな表情に癒されます。
 
バイヨンの北側から出る          観光用のゾウ 
 バイヨンの外側に出ましたが、まだまだアンコ−ル・トムの遺跡群は続きます。
 
ピミアナカスと空中回廊 
 数分歩くと、次の遺跡 ピミアナカスが見えてきました。天上の宮殿という意味で、11世紀初頭に建立。
 
急な階段を登って、上部のテラスに登りました。 テラスから見た空中回廊方面です 
 
    ピミアナカスの裏側には巨大な釈迦涅槃像になっている     門を出て歩いていくと、石の渡り廊下になっていました。
 
 象のテラス    中央側壁を支えるのはライオンとガル−ダが一体化したガシャシント
象のテラスは12世紀後半に建立 。王族の閲兵などに使われた王宮前にあり、高さ3m・長さ300m以上
アンコ−ル・トムでは約3時間ゆっくりと歩きながら観光しました。
 
 
マイクロバスに乗って、ランチへと向かいました。ここのメニュ−はアジアンバイキング。
カンボジアもベトナム料理のようなメニュ−が多く、米が主食だから、米粉ヌ−ドルは絶品。
野菜もふんだんに使われていて、日本人の味覚にぴったりです。angkorビ−ルも旨い! 
 
 
 3日間滞在したシェムリアップにあるホテル   エンプレスアンコ−ルホテル
昼食が終わると一旦ホテルに戻りました。
カンボジアの気温は30度ほど、午後は気温も上がるから、ホテルで1時間ほど休憩タイムです。 
 

アンコ−ル・ワット 

 
 還濠と西参道               西塔門
アンコ−ル・ワットは遺跡群の中で、最大の規模と見事な建築様式を魅せてくれます。
大きな 還濠の向こうに見えるアンコ−ル・ワットに期待が高まります。
 
中央祠堂の3つの尖塔 
 アンコ−ル「ワット」と「トム」の違いは宗教観で、「ワット」はヒンドゥ−教。  「トム」は大乗仏教の影響が色濃い。
ヒンドゥ−教における宇宙観を地上に再現したのが「ワット」
12世紀前半にス−ルヤヴァルマン2世によって建設が開始された地上の神の楽園です。
 
聖池の向こうにアンコ−ルワットの遺跡群 
 
第一回廊を歩きながら壁画を見学 
 
第一回廊壁画  アンコ−ルワット建設者ス−ルヤヴァルマン2世と行進する軍隊 
 
第二回廊  
 長〜い回廊の壁一面に描かれた壁画。ツア−中はずっと同じ現地ガイドが同行してくれるので、
描かれている壁画の意味もわかり理解も深まります。
 
第二回廊 妖艶で繊細なデヴァタ−像(女神)      中央祠堂 
 アンコ−ル遺跡を訪れる外国人で一番多いのは中国人で次は韓国人だそうです。
欧米人は2割ほどでしたが、個人旅行が多いみたいで、バイクタクシ−に乗ったり、レンタサイクルで巡っているようでした。
 
夕方になり、アンコ−ルワットが夕陽に輝きました。 明日は早起きして、ここまで朝日を見に来ます。 
 
アンコ−ルクッキ− 
夕食前にアンコ−ルクッキ−の店に寄りました。 日本人がカンボジアの天然糖とカシュ−ナッツを使った
クッキ−を開発し、カンボジアの作物と労働力を活性化したいと 11年前から始めたとのこと。
カンボジアは現在も発展途上国であり、貧困問題がまだまだ多く残っている国です
1973年、ベトナム戦争は北ベトナムの勝利に終わり、 軍隊は撤退したものの、カンボジア内戦は続きました。
1975年首都のプノンペンがクメール・ルージュにより陥落させられ、クメール・ルージュによる政権奪取と
成りました。ここからがカンボジア人にとって地獄の始まりでした。

ポルポトの思想は「原始共産主義」というもので、ポルポトは国内から知識人層を根絶することを目指しました。
1989年にベトナム軍もカンボジア国内から撤退します。1993年に国連監視下で総選挙が実施され、
カンボジアは立憲民主性の国として新たなスタートを切り、今に至ります。
1996年にはポルポト軍は完全に崩壊し、ポルポト自身も1997年に心臓発作で死去しました。
 

 11月28日 アンコ−ル・ワット朝日鑑賞 

 
アンコ−ル・ワット朝日鑑賞 
5時10分にホテルを出発し、まだ薄暗い参道を歩いて、聖池までやってきました。
聖池の周りはぐるりと2重3重の人垣が出来ていて びっくり\(◎o◎)/!
 
 アンコ−ル・ワット朝日鑑賞 
 1年に二度、秋分と春分の日はアンコールワットの真上から太陽が昇る姿がみえるのだそうです。
今の時期は塔からこんなに離れたところから上がりました。
 
帰り道、赤い睡蓮が咲き始めていました。 
アンコ−ル遺跡の前ではバイクタクシ−(トゥクトゥク)もスタンバイ

 
 

 クバル・スピアン

 シェムリアップを8時ごろに出発。今日はここから50km離れたクレ−−ン山の麓まで約1時間バスに揺られました。
農村部は高床式の住居に、バナナやヤシの木があって、稲田には水牛がいて・・・
 
クバル・スピアン 
クバルスピアンは、11世紀中ごろ造られたヒンドゥー教の遺跡です。

遺跡は山中にありますので、40分程のトレッキングを楽しみながら目指します。
登山道はある程度整備されていますが、場所によっては岩場を登ったりなど、アドベンチャー気分も満喫。

 
 クバルスピアンとは「川の源流」という意味で、その名のとおり清流の中に多種多様な彫刻が施されております。
ヒンドゥー教の神々の美しいレリーフや、千本リンガなどを岸辺から観察します。

一段下った場所にはちいさな滝があり、休憩場所になっています。

 
千本リンガ          岩に掘られたヒンドゥーのレリーフ
 

 バンテアイ・スレイ

 
 バンテアイ・スレイ 
 バンテアイ・スレイは「女の砦」を意味します。寺院は赤色砂岩とラテライトで築かれ
規模は小さいけど、精巧で美しい彫刻が全面に刻まれていました。
 
デバター、レリーフ彫刻が素晴らく、保存状態が良く入口から堪能できます。 
 
 
 
こじんまりとした遺跡ですが、精密で女性的な彫刻は必見です。 
 
女の砦だからデバター (女神)の彫刻が多く、「東洋のモナリザ」と呼ばれているというデバターが有名なんだそうです。 
 
昼食は中華料理 
 今日のランチは中華料理でした。生のコショウを使った豚肉の炒め物は絶品でした。
カンボジア料理の特徴は、香草類やトマト、ココナッツミルクを多用。野菜もふんだんで、空芯菜の炒め物が美味しかった。
 

プリア・カ-ン遺跡

 
ナ−ガ(蛇の神)の欄干を進むと、ジャングルと一体化したような遺跡がありました。 
 
「密林に眠るアンコール」といった、典型的なアンコール遺跡のイメージをなぞるような気分です。
 
仏教寺院として建設されましたが、過激なヒンドゥー教徒によって仏像や仏彫刻を破壊された形跡が残り、痛々しいです。
向かって左側は仏像だったので、壁から剥ぎ取られてしまいました。  右側がヒンドゥー教
 
躍動感あふれ る踊るアプサラの像          遺跡に根を張るガシュマル
 
遺跡を侵食する樹木。その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけられます。 
 

 プレ・ル−プ遺跡より夕日鑑賞

 
プレ・ル−プ遺跡 
961年にヒンドゥー教の寺院として建立。外壁はラテライトで、東西南北に塔門を構えます。
最上層に中央の祠堂があり、ここも急勾配ですが、上からの眺めは素晴らしく、夕日を鑑賞しました。
 

11月29日  ベン・メリア遺跡(東のアンコ−ル) 

 
アンコ−ル観光3日目は、シェムリアップから60kmほど離れた(東のアンコ−ル)へバスで1時間20分ほどの移動。
行く手には、木々が生い茂っていて、これから見に行く遺跡への期待感をより一層高めてくれます。

遺跡の手前には 無残に積み重ねられた遺跡の岩がゴロゴロ・・・。
この遺跡は、アンコール・ワットより20年ほど前の11世紀末から12世紀初めころに建てられたと考えられています。
 
この遺跡の最大の魅力は、崩壊が進んでいるにも関わらず ほとんど修復作業がなされていないこと。
熱帯樹の茂る密林が遺跡全体を覆っていて、建造物のいたるところに熱帯樹の根が伸張し
、熱帯樹の倒壊に伴って建造物が無惨に倒壊してしまっています。  
 
ジブリの名作「天空の城ラピュタ」のモデルとなっていることでも有名 なこの遺跡。
この先どうなってしまうんでしょう?
 
農村の風景  住居は高床式 
 シェムリアップから離れた遺跡に行く時は、農村の風景が見られます。
カンボジアは年間を通して高温多湿。大まかに雨季(5〜10月)と乾季(11〜4月)に分かれます。
気温は25〜40度で、私達の旅ではだいたい30度前後でした。
 
稲田 二期作が主流 
 稲作中心なので、水田が広がっていますが、ヤシの木があったり、水牛が草を食む風景は日本ではありません。
 

タ・プロム遺跡 

 
タ・プロ−ム遺跡 
 タ・プロ−ム寺院は、東西約1000m南北約700mのラテライトの壁に囲まれた敷地の中にあります。 

遺跡を侵食する樹木。その迫力、自然の生命力をまざまざと見せつけられます。

 
この遺跡は樹木に覆われた発見当時の様子を残すために 樹木の除去などの修復をしていないようです。
今は状態を保つためのメンテナンスは行われているようです。  

血管のように細くからまる樹木や回廊を押しつぶしそうな樹木。何でこんな風になるのか不思議ですね

 
オ−ルドマ−ケット 
 庶民の市場「オ−ルドマ−ケット」にも立ち寄りました。衣類・工芸品や食料品もいっぱい。
まだ冷蔵庫が普及していないから、生鮮品は毎日買い物するのだそうです。
トレンサップ湖で獲れた魚もいっぱい。あまり見慣れない魚で、臭いが気になりました( ^^) _U~~。
 
 
夕方からは トレンサップ湖で遊覧観光。夕日を見にレッツゴ−♪  

水上生活の家もいっぱい・・・($・・)/~~~   初めて見る風景です。
 
トレンサップ湖は東南アジア最大の湖で、豊かな水と盛んな漁業で人々の生活を支えていて「カンボジアの心臓」
と呼ばれます。乾季でも琵琶湖の3倍、雨季には琵琶湖の10倍以上の大きさになるそうです。

やがて広く開けた湖面になるとここでエンジンを停止して、夕日を鑑賞しました。
 
 
アマゾン・アンコールで  アプサラダンスショ− 
カンボジア最後の夜は、 アプサラダンスショ−が見られるバイキングレストランです。
 
アプサラダンスカンボジアに古くから伝わる宮廷舞踊の一つ。きらびやかな衣装に身を包んだ女性たちが、妖艶な踊りを舞う。手の動きに特徴があり、カンボジア独特の雰囲気があるといわれる。現代では鑑賞用に洗練されていて、ショーとして随時開催されている。◇「アプサラ」の語源は、「アプサラス(Apsaras)」という古代インドの神話に登場する天女。アンコールワット遺跡の壁画にもレリーフとして数多く残されています。  
アンコ−ル遺跡のレリ−フでいっぱい見てきたこのダンスが、極彩色の衣装と艶めかしいショ−で見られて大感動。
ショ−が終わったら踊り子さん達と写真も撮れました。その後は空港に向かい、23時50分のアシアナ?航空にて仁川へ。
翌朝 飛行機を乗り継ぎ、11時30分に静岡空港へと戻りました。
 
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